Specially
第、917話 ハピネス
(2017.01.28) アイドルグループ、平成ツチノコ隊、 ワールドツアー『ハピネス』の千秋楽。 最後に、平沢華音がマイクを握った。 --------------------------------- ○○中学二年、佐○貫幸子の父親はリストラに遭い、 母親は体が弱くパート探しもままならなかった。 父親は生活保護を申請しに度々役所に出掛けるも、 『私たちが正義だ』とプリントされたジャンパーを 身に纏った職員達に『もう少し就職活動頑張ってみたら』 と決まり文句を言われ何度も何度も追い返されていた。 佐○貫幸子の家族の心中と思われる遺体を発見したのは、 家賃を催促しにきたアパートの大家だった。 大家は匂いに絶えきれず即座に部屋の窓を全開にした。 風で机の上に置いてあった一枚の紙が大家の足下に落ちる。 大家はそれを丸めて窓から投げ捨てると110番に通報した。 --------------------------------- 男はムシャクシャしていた。 上司に仕事のミスを押し付けられたからだ。 そんなことは今まで一度や二度ではなかった。 昼食に出た帰り、足下に丸められた紙が転がってきた。 男は数回それを軽く蹴飛ばして歩いていたが、 ふとそれを拾い上げ、丸まった紙を広げてみた。 佐○貫幸子が通っていた、ページ事に○○中学の 名前が入った創立50周年記念品ノート。 それを切り取った一枚に何かが書かれていた。 幼い子を抱いた母親が男と擦れ違った。 母親に抱かれた幼い子が、手に握り締めて いたはずの小さな犬のぬいぐるみを落とした。 男は普段なら見て見ぬ振りをしていただろう。 男はそれを拾い上げ、「おい、子供が落としたぞ」 と、小さな犬のぬいぐるみを幼い子に手渡すと、 幼い子はにっこり笑い、母親に「ありがとうございます」 と、男にとって思いも寄らなかったほど感謝をされた。 会社に戻った男は自分のデスクに拾った紙を置いていたが、 そのしわくちゃの紙はゴミと思われたのか、男が席を外していた時、 隣の席の人物が、自分のデスクの上を片付けていた序でに それは丸められ、くずかごに捨てられ、そのくずかごの中身は その後直ぐに、清掃員に回収され運ばれていった。 --------------------------------- とある会社の清掃業務を行っていた女は、 回収してきたゴミが入った大きなゴミ袋から 丸められた紙が転がり落ちたのでそれを拾い上げ、 何気にその丸まった紙を広げてみた。 佐○貫幸子が通っていた、ページ事に○○中学の 名前が入った創立50周年記念品ノート。 それを切り取った一枚に何かが書かれていた。 休憩時、女は別れた夫に電話を入れた。 夫が悪かった訳ではない。女が夫を捨てたのだ。 夫が店を廃業した時、女にチャンスは訪れた。 離婚調停では女の言い分が認められ女は親権者と認められた。 女は夫の面接交渉を拒み続けていたが、夫はこれ以上の争いを拒み、 家庭裁判所に面接交渉の申立を決してすることはなかった。 「もしもし、あなた、子供があなたにとても会いたがっているわ」 夫は電話の向こうから『ありがとう』と何度も繰り返し口にした。 その後、女の作業着のポケットから不意に落ちた一枚の紙は、 やがて丸められくずかごに捨てられ、回収され運ばれていった。 --------------------------------- 平沢華音がレジ袋を両手に提げて歩いていたら、 足下に丸められた紙がどこからか転がってきた。 平沢華音は、片手にもう一方の手に持っていたレジ袋も一緒に持ち、 空いた手で、足下に転がってきた丸められた紙を拾い上げた。 --------------------------------- 平成ツチノコ隊の新曲、『ハピネス』は、 各国の言語に訳されワールドツアーで歌われた。 平成ツチノコ隊、ワールドツアー『ハピネス』の千秋楽。 最後に、平沢華音がマイクを握った。 「『ハピネス』は、中学二年の女の子が残した 『遺書』が元になって生まれた歌です。 この歌の収益は世界の恵まれない子供達のために使われます。 彼女が生きてきた証として、平成ツチノコ隊は、 今後の全てのライブでこの歌を歌い続けるつもりです」 --------------------------------- 平沢華音は、片手にもう一方の手に持っていたレジ袋も一緒に持ち、 空いた手で、足下に転がってきた丸められた紙を拾い上げた。 そして、その紙に書かれてあった言葉に目を通してみた。 --------------------------------- ハピネス 笑顔と優しさ 少しだけでも必要だった お父さんもお母さんも毎日泣いてばかりいた 叶うならもっと生きたかった 政治家が偉い訳ではない 役人が偉い訳ではない 誰もが偉い訳ではない 誰かが誰かに優しくなれたら 誰もがきっと幸せになれる 佐○貫幸子 |